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旭川地方裁判所 昭和49年(わ)29号 判決 1975年3月31日

主文

被告人を懲役三年八月に処する。

未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

本件公訴事実中有印公文書偽造・同行使の点について被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四七年一一月三〇日北海道行政書士会において登録を受け、旭川市大町二条六丁目に事務所を設けて行政書士業務を行つていたものであるが、

第一、右行政書士業務に関連して、依頼者から金員を預りこれを同人のため供託する業務にも従事していたところ、別紙犯罪一覧表(一)記載の株式会社遠野地所(代表取締役遠野武)ほか一社から、昭和四八年三月三〇日ころから同年七月三一日ころまでの間に、同表記載のとおりの委託の趣旨のもとに受領した小切手五通(額面合計一一五万円)をそれぞれ全額現金化して各委託者のため業務上保管中、同年六月二一日ころより同年八月上旬ころまでの間五回にわたり、同市内において、ほしいままに自己の用途にあてるため着服して横領し、

第二、別紙犯罪一覧表(二)記載の小西重機建設有限会社の代表取締役小西安治ほか五名から、同社らの建設業許可申請手続を依頼されたのを奇貨として、右五名から金員を騙取しようと企て、同表記載のとおり、昭和四八年九月一〇日から翌四九年一月一一日までの間七回にわたり、同表記載の各場所において、右小西安治ほか五名に対し、それぞれ真実は建設業許可申請には金員を供託する必要はなく、かつ供託する意思もないのにそれらがあるように装い、「建設業の許可申請には、一〇〇万円を供託しなければならない。」等と嘘を言つて、その旨右小西安治ほか五名を誤信させ、よつて昭和四八年九月二六日から翌四九年一月一四日までの間七回にわたり、同表記載の各場所において、右小西安治ほか五名から現金合計五五〇万円および小切手一通(額面一〇〇万円)の交付を受けてこれをそれぞれ騙取し、

第三、別紙犯罪一覧表(三)記載の有限会社佐藤組の代表取締役佐藤義雄ほか四名から同社らの建設業許可申請の手続を依頼されたのを奇貨として、右五名から金員を騙取しようと企て、同表記載のとおり、昭和四八年八月五日から同年一一月一五日までの間五回にわたり、同表記載の各場所において、右佐藤義雄ほか四名に対し、それぞれ真実は建設業の許可申請には信用保証協会に保証金を預託する必要もなく、かつ預託する意思もないのに、それらがあるように装い、 「建設業の許可申請には、保証協会に一〇〇万円の保証金を積まなければならない。全額を都合することができなければ、私の方でその一部を保証協会から借りてやる。」等と嘘を言つて、その旨右佐藤義雄ほか四名を誤信させ、よつて昭和四八年八月一〇日から同年一一月一七日までの間五回にわたり、同表記載の各場所において、右佐藤義雄ほか四名から現金合計一五〇万円および小切手一通(額面五〇万円)の交付を受けてこれをそれぞれ騙取し、

第四、昭和四九年二月一三日付で北海道行政書士会から登録取消の処分を受け、行政書士業務が継続できなくなつたのに拘わらず、金銭に窮した結果、自己の資格喪失がいまだ一般に知られていないことを奇貨として、かつての顧客であつた別紙犯罪一覧表(四)記載の宮島光男らから建設業者のなすべき変更届(年次事業報告)或は建設業許可(更新)申請手続等の手数料名下に金員を騙取しようと企て、同表記載のとおり、昭和四九年四月中旬から八月一四日までの間二三回にわたり、同表記載の各場所において、右宮島光男ほか二二名に対し、自己が行政書士の資格を有せず、かつ依頼された官公署に対する各種申請手続をする意思もないのに、それらがあるように装い、相手方に行政書士の肩書を付した名刺を渡す等したうえ、「変更届の書類を作成して支庁に提出してあげる。」等とか、「建設業許可申請の仕事をさせてくれれば、確実に書類を作成して手続をする。」等と嘘を言つて、その旨同人らを誤信させ、よつて同表記載の各場所において、いずれも即日、同人らから現金合計二九万五千円および小切手二通(額面合計一万六千円)の交付を受けて、これを騙取し

たものである。

(証拠の標目) (省略)

(法令の適用)

被告人の判示第一(別紙犯罪一覧表(一)番号1ないし5)の各所為は、いずれも刑法二五三条に、判示第二(同表(二)番号1ないし7)、第三(同表(三)番号1ないし5)および第四(同表(四)番号1ないし23)の各所為はいずれも同法二四六条一項にそれぞれ該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二(同表(二)番号2)の罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役三年八月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一五〇日を右の刑に算入することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

(無罪部分の理由)

一、公訴事実

本件公訴事実中、有印公文書偽造、同行使の点は、 「被告人は、行使の目的をもつて、別紙犯罪一覧表(五)記載のとおり、昭和四八年七月二六日ころから同年一二月二八日ころまでの間、五回にわたり、いずれも旭川市大町二条六丁目被告人方行政書士事務所において、ほしいままに旭川地方法務局供託官阿部英雄発行にかかる同供託官の記名・押印のある供託金受領証(供託者北海道観光開発株式会社)を利用し、右供託官の記名・押印部分をカミソリで切り離したうえ、予め用意してあつた所定の供託書(営業保証)用紙の「供託者の住所氏名印」欄、 「供託金額」欄および「供託金受領年月日」欄などに、右一覧表記載のとおり、いずれも年月日を回転ゴム印で押印したほか他の各欄にはボールペンで記入し、そのころ同市一条通七丁目長崎屋百貨店一階に所在する有料コピーコーナーにおいて、これを右供託官の記名・押印部分と合せて複写機で複写し、もつて有印公文書である旭川地方法務局供託官阿部英雄作成名義の供託金受領証写真コピー五通を偽造したうえ、同年七月二六日ころから同年一二月二八日ころまでの間、四回にわたり同市六条通一〇丁目北海道上川支庁の建設指導課建築係ほか三か所において、同係員ほか三名に対し、右供託金受領証写真コピー五通をそれぞれ真正に成立したもののように装つて提出行使したものである。」というのである。

二、当裁判所の判断

当公判廷において取調べた証拠によれば、右公訴事実に相応する事実が認められるところ、検察官は、ゼロックス等の機械的方法による写真コピーは在来の手書きの方法による写とは全く性格を異にし、被写原本の内容のほか形状をも機械的にかつ原本そのままに再現する点において、原本的性格が濃く、在来の手書きの写とは質的な差異があり、証明的機能という点からも、手書きの写が写作成者の信用を通じての間接的証明機能にとどまるに対して、写真コピーは原本の機械的再現という点において直接的な証明機能を有するから、ほとんど原本に代るものとして社会的にも通用しているのが実情であり、したがつて、写真コピーに文書偽造罪の客体としての文書性を認めるのが社会の実情に適合し、また文書偽造罪の本質・保護法益の趣旨にも合致する旨主張する。

しかしながら当裁判所は、以下に述べる理由から検察官の右の法律的見解には左袒できない。

先ず、関係証拠によると、本件写は、前記のように別途正規に交付を受けた供託金受領証(所要事項を記入済みの供託書用紙の下方欄外に不動文字で「供託金の受領を証する」等の文言の記載がありこれに供託官の記名印等が押捺されている体裁のもの)のうち供託官の記名印・公印が押捺されている下方部分を切りとり、これを、所要事項を記入した供託書(営業保証)用紙の下方に合わせて貼りつけ一体としたうえ複写機にかけたものである(但し正確には、右の用紙等の素材を厚紙を用いた台紙上に貼付して複写機にかけている)。

しかして、右写の素材となつた原物には、紙片を貼り合わせる等不正な小細工が施されており、その不正加工の痕跡は、素材の外観を一見しただけで明瞭に看取できるような態様・程度のものである。

一方、右素材を被写原本として作成された本件写においては、前記の不正加工の痕跡は全く姿を消し、写たる書面の外観自体は、不正加工など全く介在しなかつた正しい写としての形態を呈している。

また、原本の作成名義人である供託官の記名印・公印の形状は、写真コピーとしての性質上、そのままに現われてはいるが、印影自体ではなく、その複写された形状が存するものである。更に、本件写には、原本と相違ない旨の認証文言の記載も、写作成者を明示した記載も存在しない。

右のごとき性質・形状を有する本件写についての作成名義人を如何に解するかについては、見解が分かれるところであるが、写真コピーの実際の作成者が作成名義人であると考えるべきである。

すなわち、本件写においては、原本作成名義人の表示は前記のように写の一内容として現われているにとどまり、これ以外には、とくに写の作成名義人として明示されたものは存在せず、加うるに、文書の写というものは、その写たる性質上当然に原本とは独立した別個の存在なのであるから、原本の作成名義人をもつて、そのまま写の作成名義人であると考えることはできない。また、写自体は、原本の存在を証明しようとする者が、その簡易軽便な方法として、一般に誰にでも自由に写を作成することができると考えられ、しかもこの写作成権限は、真正の原本と完全に内容的に一致する写を作成する限度でのみ原本作成名義人から許容されたという制限的内容のものではないと解される(東京高等裁判所昭和四九年(う)第九四七号事件同年八月一六日第九刑事部判決、およびその原審判決である東京地方裁判所同年二月二二日刑事第一九部判決、同庁同月二六日刑事第一五部判決判例タイムズ三〇八号二九八頁以下等参照)から、写作成者の写作成権限を制限的に解する前提に立ち、そこから本件写の作成名義人をもつて原本の作成名義人であるとの結論を導こうとする見解にも賛成できないのである。

従つて、私人が作成した公文書の写に外ならない本件写は、その作成者である被告人自身を作成名義人とする私文書(写)である、と結論せざるを得ない。

勿論右結論は、文書偽造罪における文書および作成名義人に関する既成概念を忠実に前提としたものであるけれども、なお事柄を実質的に考察した場合にも、以下に述べるように妥当性を失わない結論であると考えられる。

周知のとおり、文書はその種類・内容等に応じ種々の役割・機能を果し、また単一の文書がしばしば複数の役割・機能を併有することがある。いま、本件写に関し論議されている証明的機能を中心に文書というものを考えた場合、或る書面が証明文書としての対世間的な信用をえて通用する所以をたどつていくと、それは結局のところ、人々が、該書面上に直接的な形で、すなわち、複写等という間接的な映像として表現されたものではなく、該書面上に直接生の形で表示された作成名義人或は認証文言等が記載されているのを確かめ、これに信頼を寄せるからに外ならない。この直接的で生の形をとつた作成名義人等の記載の存在が、書面に原本性を付与し、証明文書としての通用性を裏付けるのである。そして、この点の形式に欠けるところのない文書であつてこそ、始めて一般社会に流通するにふさわしい適格を具備した証明文書であると評価できるのであつて、この意味において、証明文書に関する原本性という要件は、証明文書一般に対する世間一般の常識的な意識とも深くからみ合う実質をもつた要件であるといえるのである。

次に、写真コピーというものを原本との対比でみてみると、先ず、それが原本ではなく(写真)コピーであることは一見して明瞭に看取でき、そして、写真コピーは、文字や図形等の原本の記載内容については、忠実にその画像を複写保存するが、その用具の種類や、原本の紙質・形状等といつた原本の存在状態を再現することには、元々技術的にいつて不向きなのである。しかも、原本性の具備は、証明文書としては基本的な要件であるから、この点に欠ける写真コピーは、そもそも証明文書としての利用には不適であるといわざるをえないのであつて、写真コピーの利用方法としては、原本の記載内容の利用すなわち資料的利用が最も適したものである。現に写真コピー感光紙の消費量のほとんど大半は、資料目的での利用により占められている筈である。

また、先に本件写につきみたように、原本自体からは至極容易に看取できる程度・態様の不正加工の痕跡も、出来上つた写真コピーの上には転写再現されないという特質がある。この点も、写真コピーに対し原本的性格を付与するについて、決定的な障害となる事由である(なお、この点の不正を防止するには、コピー作成者の誠実性を含めたコピー作成過程全般が適正に管理運営される体制が確立されることが必要であるし、コピーを証明文書代わりに受取る側でも、何等かの形で原本との照合を行うことが必要な事態を示すものである)。

かように、写真コピーは、原本との対比において種々の欠陥を有するうえ、誰もが複写機を利用してコピーを作成できるのが現状である。これらの諸事情は、写真コピーが(証明文書としての)原本の代用品として流通する事態を正式に認知するのに妨げとなる事由となるものである。そしてこの間の事情は、とりもなおさず、写真コピーに対し原本と同一の刑法上の保護を与うべき基盤が欠如し或は不十分であることを示すものである、といわざるをえない。

三、結論

以上、考察したとおりであるから、本件写が従来の写と異なつて、刑法一五五条一項、一五八条一項の罪の客体に該当するという検察官の所論は、いささか事の一面に傾斜しすぎた感のある見解といわざるをえないのであつて、本件写真コピーは、被告人が自からの権限において作成した私文書であり、本件では、単に内容虚偽の私文書を作成したにすぎないものと解すべきものである。従つて、有印公文書偽造罪は成立せず、またその行使罪も成立しないので、本件公訴事実中、有印公文書偽造・同行使については罪とならないことに帰するから刑事訴訟法三三六条前段により被告人に対し、無罪の言渡をする。

(量刑の事情)

本件は、行政書士の地位を悪用して横領・詐欺を犯しただけでなく、右資格喪失後も、その事実を隠蔽してなお犯行を反覆したというものであつて、その犯行が多数回に上り、かつ被害金額も多額に達することのほか、行政書士業務に対する社会的信用を著しく傷つけたもので、しかも被告人には同種前科があり、かつ、本件保釈中逃走しその間も一部犯行を敢行するなど、その犯情は極めて悪質であるといわざるをえず、その他、現在も被害弁償未了分が相当分あること、さらに当法廷においては、自己の弁護人の信頼をも裏切つて被告人作成にかかる偽せの領収証の取調べを申請させたこともあり、私欲の追求のためには全く他人の迷惑等顧みない被告人の態度には、改悛の情を認めることは困難であるといわざるをえず、被告人の刑事責任には極めて重いものがあり、本件審理に現われた被告人に有利な情状を考慮しても、なお、主文程度の実刑は免れないものと思料する。

よつて、主文のとおり判決する。

別紙 犯罪一覧表(一)

<省略>

犯罪一覧表(二)

<省略>

犯罪一覧表(三)

<省略>

犯罪一覧表(四)

<省略>

<省略>

<省略>

犯罪一覧表(五)

<省略>

<省略>

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